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● ● ひとりごと ● ● |
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2000年12月29日(金)福岡地方晴れ
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先日、「うきはの山茶」を卸していただいている新川製茶の樋口さんを訪ねた。新川製茶の店舗は、「白壁の町」として知られる福岡県吉井町にある。造り酒屋のあった古い建物を改築し、4軒に区切ったうちの1軒が新川製茶だ。残りの3件は骨董品屋さんで、この通りは「蔵しっく通り」と呼ばれている。古い情緒のある建物が、お店の雰囲気にとても合っている。
樋口さんは、穏やかで上品なおじさまである。季節ごとに茶畑の写真をとったり、季節の草花を店内に飾ったりと、なかなか芸術的な方だ。お店から車で30分ほど行った山間に樋口さんの茶畑がある。お店を飾る季節の草花はその茶畑の近くでとれたものだ。
帰りにお土産にゆずとこんにゃくをいただいた。ゆずは茶畑の脇になったもの、こんにゃくも茶畑の近くにできたこんにゃく芋から手作りしたものだそうだ。ゆずは、もつ鍋(福岡ではわりと一般的な料理)やおでんにしぼって食べるとおいしいそうだ。鍋のポン酢にゆずを絞るというのは一般的だけど、おでんやもつ鍋ははじめてだ。
果汁を絞ったあとの皮はお風呂に浮かべると湯冷めしにくいし、種を焼酎につけておくと手作り化粧水になると教わった。自然とともに豊かに暮らしてあって、ほんとうにうらやましい。季節の恵みを余すところなく楽しんでいるという感じだ。今夜はいただいたこんにゃくを入れたおでんに、ゆずをいっぱい絞っていただこう。そしてゆず湯であったまろう。 |
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2000年12月22日(金)福岡地方晴れ
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「天使は清しき家に舞い降りる」(カレン・ローガン著)に、窓ガラスは炭酸水で拭くときれいになると紹介されている。この方法でガラスを拭くと、ガラスはほんとうに驚くほどきれいになる。ただの炭酸水(ウィスキーとかを割る二酸化炭素と水だけでできたあの炭酸水)をスプレーボトルに入れ、シュッシュッと窓に吹きかけて、柔らかい布かスクイージーで拭き取るだけだ。
ぬれた新聞紙で拭くときれいになるというのをよく聞く。これも試してみた。確かにきれいになるけど、かなり重労働だった。それよりもこっちの方がずっと簡単。新聞紙はそのままリサイクルに回せばいいし。
この方法を知って以来、我が家には炭酸水が常備してある。この前、夫が一生懸命めがねを拭いていた。一心不乱ということばがあてはまるくらい夢中でめがねを拭いていたので、つい「なんでそんなに必死になってるの?」というと、「めがねってすぐ汚れるし、拭いてもなかなかきれいにならないんだよ!」と返ってきた(現在まで視力1.5を維持している私には、めがねをしている人の気持ちはわからない)。
ふと、めがねも炭酸水で拭くときれいになるんじゃないかと思って、早速やってみた。予想通り、めがねはとってもきれいになった。めがねをかけてみた夫も、「今までにないくらいきれいになった」と感動していた。めがねをかけている人には、ぜひ試していただきたい裏技だ。 |
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2000年12月16日(土)福岡地方雨 |
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この時期、主婦が5人集まったりすると、その中の3人くらいは手荒れでこまっていたりする。私はといえば、手荒れをしたことはない。手抜き主婦ではあるが、食器洗い機があるわけでもなく、洗い物は普通にしている。特別なことは何もしていない。もちろんハンドクリームもつけていないし、オイルとかも使っていない。
なぜ手が荒れないのか、思い当たることが2つある。1つは洗い物にお湯を使わないこと。お湯は意外と肌の油分を取ってしまうものだ。前に手のモデル(手タレ)をしている女性の日常生活を追ったテレビ番組を見たことがある。当然、その女性の生活は商品である「手」を中心にしたもので、手を美しく保つためにあらゆる努力をしていた。その女性がお風呂に入るときも手だけは湯船につけないと話していたので、洗い物にお湯を使うのはやっぱり手によくないのだと思う。
もう1つは洗い物になるべく洗剤を使わないこと。合成洗剤はもちろん、石けんもあまり使わない。洗剤を使わなくても汚れがおちる洗い物はけっこうあるものだ。お茶碗や湯飲みなどは、水だけで十分きれいになる。水で落ちない汚れにだけ石けんを使う。これだけで肌への負担はずいぶん減るんじゃないかなと思う。生活はできるだけシンプルにしたいものだ。 |
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2000年12月7日(木)福岡地方晴れ |
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「アイドリングはだめよ」と言うと、夫は必ず「車に乗ること自体が環境に色悪いんだから、アイドリングをやめてもいっしょだよ。車に乗るのをやめなきゃ」と言い返す。そんなことはわかっている。でもそれを言い始めたら、物事はちっとも前に進まない。車に乗らないのが一番いいことはわかっている。でも現実を考えるとそれはちょっと無理だから、せめて無駄なアイドリングくらいはやめようと言っているのだ。
「車に乗る」と「車に乗らない」の間に、「環境のことを意識しながら車に乗る」という選択肢があっていいと思う。「やる」か「やらない」かではなくて、「できることをやる」というふうに少し選択の幅を広げると、エコロジーなんてむずかしいことも少し身近に考えられるんじゃないかと思う。頑張りすぎると長続きしないものだし、どんな小さなことでもやらないよりはずっといいに決まってるんだから。
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